チュニジアの旅 (2004年12月30日〜2005年1月2日)
〜ハンニバルとスターウォーズ?紀行〜
ケロアンのグランド・モスク
【日程】
12月30日 アンマン発 → チュニス着、メディナ(旧市街)を見学
12月31日 チュニス発 → カルタゴ遺跡 → ケロアン着、旧市街を見学
1月1日 ケロアン発 → エル・ジェム(ローマの円形競技場)経由 → マトマタ着
1月2日 マトマタ観光 → スファックス経由 → シディ・ブ・サイド着
1月3日 シディ・ブ・サイドを散策、チュニス発 → アンマン着
12月30日(木) おフランスの香り
アンマンからロイヤル・ヨルダン航空でチュニスに向かう。航空賃が約6万円もするだけあって、思ったよりも遠い。約4時間のフライト。
アンマンから来ると、チュニスの飛行場は大きくて立派。搭乗ゲートが60くらいあるということは、アンマンの空港の約5倍の規模があるということ。
さらには今、ヨーロッパからバカンスに来る観光客を狙って海沿いにもうひとつ空港を作ろうという計画もあるそうな。チュニジアの観光産業はわりと好調と聞いたことがあるけど、本当らしい。
到着時、あいにくの雨。知人が車で向かえにきていてくれたので、それに乗って市内に向かう。
市内では目抜き通りのホテルに宿泊。ヨルダンほど安くはないけれど、町並みを見るとヨーロッパを思わせるような作りで、品揃えも豊富。多少高いのも当然かな、という気になる。
まずは歩いてメディナ(旧市街)へ。
雨が強くなってきたけれど、メディナの中には屋根付きのところも結構あるので何とかしのげる。
アラブっていう感じはヨルダンとも共通するものだけれど、それに加えてフランスとアフリカの影響を感じる。特にお土産屋に置かれているもののデザインなんかに。
メディナの中にある茶店で紅茶を飲む。松の実入りの甘い紅茶で、旨い。ヨルダンでも松の実を料理に使うけど、紅茶には入れない。自分にとっては新しい味。
さらにそのあと、中心部から少々離れたところにあるレストランで食事。
そのレストランはユダヤ人の夫妻が経営していて、ちょっと工夫を凝らした料理が出る。中でも、どらーフルーツを使ったクスクスは甘酸っぱさの中に独特の旨みがあってとてもおいしい。
食事の後、レストランの向いにあるアトリエに案内される。モダンな感じの手作り家具や小物が売られている。記念にドアストッパーを二つ買う。そうすると、陶製のろうそく消しを二つくれた。
ユダヤ人はこの国でも一般的には嫌われていて、2002年にはシナゴーグ(ユダヤ教寺院)が爆破されたりしている。
12月31日(金) カルタゴ、フェニキア人の夢の跡
翌朝はよく晴れる。空の色はまさに「チュニジアン・ブルー」。
今回の旅の最大の楽しみはカルタゴを見ること。
塩野七海の『ローマ人の物語』、特に「ハンニバル戦記」を読んでからはぜひ一度見たいと思っていた。
チュニスから車で約40分で「ビュルサの丘」に到着。
今、目に見える部分のほとんどはローマ時代のものだけど、博物館にある遺物、「ハンニバル時代」の軍港の様子を見ると本当に凄い富と技術をもっていたのだと感心する。
遺跡の周りの土産物屋ではハンニバルにちなんだ絵本、雑貨が売られている。
また、ハンニバルだけでなく、父のハミルカル、叔父であったハシュドゥルパル、叔父と同名の次弟ハシュドゥルパル、末弟のマゴーネなどの名前も見える。
ハンニバルはここで9歳まで過ごし、その後、父に連れられスペインに渡り、そこで成長する。そして28歳になったとき、アルプス山脈を越えてローマを攻め、そこを恐怖のどん底に陥れることに成功する。
しかし、そんな彼もローマに押され、やがてはローマのスキピオの活躍で窮地に陥ったカルタゴ本国を救うため、イタリアから引き上げざるを得なくなり、そしてザマの戦いでスキピオに敗れてしまう。
今、目の前に広がる遺跡はその後のローマ時代のものと分かっていても、やはりそんな話が頭の中をよぎったりする。
午後にはケロアンに向かう。昼過ぎにカルタゴを出て、夕方には到着。さっそく市街をぶらぶらする。チュニスのメディナほどの賑わいはないけれど、ちょっと落ち着いていて、旅情を感じさせる。
1月1日(土) 新年、ケロアンにて迎え、ローマ人の闘技場を見る
新年はケロアンで迎える。朝、グランドモスクの内部を見学。
1月2日(日) 沙漠を走る。マトマタ
マトマタの穴倉、スターウォーズの撮影にも使われたといいますが、、、、
これでスターウォーズの世界を作るとは、ハリウッドの特撮技術はすごい!
1月3日(月) シディ・ブ・サイドの風景
この短い滞在期間で、チュニスのメディナ、カルタゴ遺跡、ケロアンの町、そしてエル・ジェムの
4つの世界遺産を見学できて、なかなか満足度の高い旅になりました。